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旅行
新年は4日から店を開けようと思っていたら、厄年会の旅行が4、5日になってしまった。
「どうしよう。」と妻に言うと。
「アンタなんかおらんくても店は開くよ。」だって。
トホホ。
ありがたいけど。
一片のパセリ掃かるる暖炉かな 不器男
「どうしよう。」と妻に言うと。
「アンタなんかおらんくても店は開くよ。」だって。
トホホ。
ありがたいけど。
一片のパセリ掃かるる暖炉かな 不器男
小室等
隣町にあるジャズクラブ「インテルサット」に小室等来る。
古い曲も新しい曲も混ぜながらのライブ。
64歳だって。
えらいこっちゃ。おじいさん、がんばってる。
ピアニストの谷川賢作は谷川俊太郎の息子だとか。
ヒューズよくとびたる頃の電熱器 和生

古い曲も新しい曲も混ぜながらのライブ。
64歳だって。
えらいこっちゃ。おじいさん、がんばってる。
ピアニストの谷川賢作は谷川俊太郎の息子だとか。
ヒューズよくとびたる頃の電熱器 和生

名人
真の弓の名人を目差して修行し、悟りの境地に立った主人公が弓を射ずして鳥を落とすという、いわゆる「不射之射」を体得する中島敦の「名人伝」。
ついに主人公は弓を見てもそれが何に使う道具なのかさえも忘れてしまう、という話。
ま、仙人ですな。
...、俳句?俳句って何だっけ?
となればしめたもの、なのだが。
雪舟の巖冬ざれの筆用ふ 道夫
ついに主人公は弓を見てもそれが何に使う道具なのかさえも忘れてしまう、という話。
ま、仙人ですな。
...、俳句?俳句って何だっけ?
となればしめたもの、なのだが。
雪舟の巖冬ざれの筆用ふ 道夫
やる気
「仕事やる気あんのか。」と妻に言われた。
トホホ。
も、もしかしたら無いかも知れない...。
いひにくきこと言へりオーバーの襟を立て 夕爾
トホホ。
も、もしかしたら無いかも知れない...。
いひにくきこと言へりオーバーの襟を立て 夕爾
冬籠

ジョン・リー・フッカーのレコードはほぼハズレがない(というか、ハズレようがない)けど、中でもこれは好みの一枚。
トレモロ・ギターにフットスッテップ、そしてあの唸り声。激渋。
酒がすすむ。
冬籠には最適なのだ。
スタックスから出てるけど、もちろんジョン・リーがソウルをやっているわけではない。
炭はねて心動きぬ冬籠 成美
かりそめの
ここ2、3日で急に冬めいてきた。
町にはクリスマスのイルミネーション。
この時期になると必ず甲斐バンドの「かりそめのスウィング」を思い出す。
アレンジがジャンゴ・ラインハルトもどきでカッコイイ。
去年の今頃さ 暗い小さなフロアで
二人とぶように 踊り狂った
ひきずってきた悲しみを はきだすかのように
二人とぶように 踊り狂った
エキストらばかりの街や息白し 繭生
町にはクリスマスのイルミネーション。
この時期になると必ず甲斐バンドの「かりそめのスウィング」を思い出す。
アレンジがジャンゴ・ラインハルトもどきでカッコイイ。
去年の今頃さ 暗い小さなフロアで
二人とぶように 踊り狂った
ひきずってきた悲しみを はきだすかのように
二人とぶように 踊り狂った
エキストらばかりの街や息白し 繭生
新聞
昔、竹中直人が新聞はいっさい読まないということを言っていたのをテレビで見て以来、新聞を読んだことが無い。
もう20年くらい。
木がらしや目刺にのこる海の色 龍之介
もう20年くらい。
木がらしや目刺にのこる海の色 龍之介
俳句王国
NHK松山放送局の人から電話。
先生から推薦があったので俳句王国に出演して欲しいとのこと。
わーっ。
収録は12月、放送は1月5日らしい。
着物、新調すべきか。
日のあたる石にさはればつめたさよ 子規
先生から推薦があったので俳句王国に出演して欲しいとのこと。
わーっ。
収録は12月、放送は1月5日らしい。
着物、新調すべきか。
日のあたる石にさはればつめたさよ 子規
りえちゃん
妻に誘われ、宮沢りえ主演の映画「オリオン座からの招待状」を見に。
この手のストーリーはちゃんと泣けるように出来ていて、しっかりと泣かされてしまった。
俳句もこんな風に確信犯的に作れるとおもしろいのかも。
やりすぎると演歌になっちゃう可能性も。
しかし、りえちゃん、かわいかったけどちょっと痩せ過ぎ。
妻がゐて夜長を言へりさう思ふ 澄雄
この手のストーリーはちゃんと泣けるように出来ていて、しっかりと泣かされてしまった。
俳句もこんな風に確信犯的に作れるとおもしろいのかも。
やりすぎると演歌になっちゃう可能性も。
しかし、りえちゃん、かわいかったけどちょっと痩せ過ぎ。
妻がゐて夜長を言へりさう思ふ 澄雄
コワイ
今までと同じように句を作っているつもりなんだけど...。
句会に出すのがだんだん怖くなってきた。
「今までと同じように」というのがコワイ。
自分では原因が分かっていないということ。
トホホ。
戀の字もまた古りにけり竈猫 道夫
※東やさま
ありがとうございます。
何というかえらいプレッシャーです。
岸本尚毅には私もやられました。
でも、あれを狙おうとすると、いきなり自分が崩れ出します。
あ、それが原因だったのか。
句会に出すのがだんだん怖くなってきた。
「今までと同じように」というのがコワイ。
自分では原因が分かっていないということ。
トホホ。
戀の字もまた古りにけり竈猫 道夫
※東やさま
ありがとうございます。
何というかえらいプレッシャーです。
岸本尚毅には私もやられました。
でも、あれを狙おうとすると、いきなり自分が崩れ出します。
あ、それが原因だったのか。
意味
意味。
意味かぁ
意味を捨てる?
ただ単に推敲が足りないというか、詰めが甘いだけなのかもしれないし...。
そういえば、<からすうりつらなり咲きて意味に似る>という句があったと思って検索したらここにあった。
ふーむ、でも、意味を捨てる、といえばやっぱりこの句か。
遠山に日の当りたる枯野かな 虚子
意味かぁ
意味を捨てる?
ただ単に推敲が足りないというか、詰めが甘いだけなのかもしれないし...。
そういえば、<からすうりつらなり咲きて意味に似る>という句があったと思って検索したらここにあった。
ふーむ、でも、意味を捨てる、といえばやっぱりこの句か。
遠山に日の当りたる枯野かな 虚子
トキメキ
不自然で、不安定で不確実。
そういう言葉の不思議なところが面白くて夢中になっていたはずなんだけど。
マンネリと言うか、何となくトキメキが薄れてきていると言うか。
困ったなあ。
タネも仕掛けもバレバレの句ばかりなっているのかも。
角川俳句の「くびきから放たれた俳人たち」で読んだ岸本尚毅の言葉。
人間も死んだら灰になり土になる。意味の世界から物の世界へ連れ戻されるのだ。
ふーむ、あるいは意味を捨てるべきか。
...。
そんな、究極なことはまず難しいでしょうな。トホホ。
鶏頭の短く切りて置かれある 尚毅
そういう言葉の不思議なところが面白くて夢中になっていたはずなんだけど。
マンネリと言うか、何となくトキメキが薄れてきていると言うか。
困ったなあ。
タネも仕掛けもバレバレの句ばかりなっているのかも。
角川俳句の「くびきから放たれた俳人たち」で読んだ岸本尚毅の言葉。
人間も死んだら灰になり土になる。意味の世界から物の世界へ連れ戻されるのだ。
ふーむ、あるいは意味を捨てるべきか。
...。
そんな、究極なことはまず難しいでしょうな。トホホ。
鶏頭の短く切りて置かれある 尚毅
調子
句会での成績が急にガタガタ。
調子付いている場合ぢゃない。
芋の露連山影を正しうす 蛇笏
調子付いている場合ぢゃない。
芋の露連山影を正しうす 蛇笏
サバービア俳句
さいばら天気さんのところで、「サバービア俳句」についてここの記事が取り上げられていたので...。
反論とか、そういう気持ちはまったくないのだけれど、
>だが、この語が「商品音楽」の世界ですでにその脈絡独特の意味を獲得していたことは、「サバービア俳句」にとっては、むしろ不幸なことだと思う。音楽と短絡されてしまう危険性を孕み続けるからだ。
ということに尽きると思う。
ただ、「サバービア俳句」というキーワードに反応した自分のような人間が大勢いる、ということだけでも猿丸さんの
>俳句を〈外〉へと解放して、同時代的感性とのつながりをもっと意識したい
という思いは充分伝わっているのではないかと、無責任なことを思ったりして。
反論とか、そういう気持ちはまったくないのだけれど、
>だが、この語が「商品音楽」の世界ですでにその脈絡独特の意味を獲得していたことは、「サバービア俳句」にとっては、むしろ不幸なことだと思う。音楽と短絡されてしまう危険性を孕み続けるからだ。
ということに尽きると思う。
ただ、「サバービア俳句」というキーワードに反応した自分のような人間が大勢いる、ということだけでも猿丸さんの
>俳句を〈外〉へと解放して、同時代的感性とのつながりをもっと意識したい
という思いは充分伝わっているのではないかと、無責任なことを思ったりして。
カッコイイ
「週刊俳句」の〔サバービア俳句・番外編〕。
おもしろい。
音楽好きな俳人にとってはそそられる企画だと思う。
ただ、サバ−ビアといえば音楽の聞き方としてすでに定着しているわけで、自分達が好きな音楽と自分達がやってる俳句とをなんとかして繋げたい、という感じがしないでもない。
音楽に限らず俳句的なもの、というものはたくさんあるとも思うし...。
そもそもサバ−ビア的な音楽の聞き方は50年代にイタリアのス−ツを着て最新のジャズを聞くという極初期のモッズのスタイルの流れだと個人的に思っているので、そういう意味ではおしゃれで知的な俳句の楽しみ方というのがひとつのスタイルになればカッコイイのかもしれない。
まっすぐの道に出でけり秋の暮 素十
おもしろい。
音楽好きな俳人にとってはそそられる企画だと思う。
ただ、サバ−ビアといえば音楽の聞き方としてすでに定着しているわけで、自分達が好きな音楽と自分達がやってる俳句とをなんとかして繋げたい、という感じがしないでもない。
音楽に限らず俳句的なもの、というものはたくさんあるとも思うし...。
そもそもサバ−ビア的な音楽の聞き方は50年代にイタリアのス−ツを着て最新のジャズを聞くという極初期のモッズのスタイルの流れだと個人的に思っているので、そういう意味ではおしゃれで知的な俳句の楽しみ方というのがひとつのスタイルになればカッコイイのかもしれない。
まっすぐの道に出でけり秋の暮 素十
若い頃
若い人が俳句に夢中になっているなんて、自分の若い頃を思うとあまり想像できないんだけれど、こういう句が作れるなんてうらやましい。
芝居小屋からうつくしき火事になる 優夢
芝居小屋からうつくしき火事になる 優夢
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