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立夏

もうすぐ立夏。
立秋よりも立冬よりも立春よりも、立夏が一番立夏らしい。

終点の起点に同じ立夏かな 露結

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アブナカッタ

新人賞のお祝いをしてもらった。
うれしかった。
そんで、ずっと芋焼酎ロック。
酔っ払って一人でしゃべってたような気がする。
帰りの電車で寝てしまい、慌てて降りたら車掌さんが鞄を持って追い掛けてきてくれた。
アブナカッタ。

大酒に起きてものうき袷かな 其角

ヌルヌル

妻の機嫌が悪いとき、風呂がヌルヌル。
今日は名古屋句会。

「ごめんなさい。神様よりも、好きです。」 ブルーハーツ

身近に

知らない店に入ってみる。要らない物を買ってみる。
もっと身近に、布団の向きを変えてみる。
左手でご飯を食べてみる。
それだけでも新しい発見や発想があるかも知れない。

「言葉で塗り固めて白を黒と言うか」 佐藤タイジ

写真集

写真集を見ながら作るという手もある。
この場合も路地とか公園とか子供とか老人とかを撮った生活感のあるものがいい。

筍と竹の間に立ち悩む 六林男

すり替え

子供の頃、「○○さんが○○で○○した。」という遊びをしていたことを思い出した。
籠を三つ用意して、例えば

A君が   トイレで   手を洗った
Bさんが  お風呂で  オナラした
Cちゃんが プールで  泳いだ

と別々に紙に書いて籠に入れる。
良くかき混ぜたあとに一枚ずつ紙を取り出して読み上げる。

Bさんが トイレで 泳いだ

これは参加人数が多ければ多いほど面白いのだが、そこに思ってもみない景色が
表れることによって皆からどっと笑いが出る。
こういう言葉のすり替えも俳句を作るときのひとつの方法になると思う。

他所ゆきの體通して春の服 道夫

生活

きれいな女の人や壮大な景色よりも皺くちゃのお婆さんや息苦しい雑踏の方が
俳句の題材としてはおもしろい、と思うのはそこに生々しい生活感があるからか。

「死んで何が悪い。祭だろ。」by岡本太郎

テキトーな

何でもない仕種や行動を書き留めてみる。
歳時記をぺらぺらめくりながらそれにテキトーな季語をつけてみる。
たとえば、ライターを探していた...。

ライターを探してゐたり暮の春

靴を買った...。

夏近し運動靴を買いにけり

妻が買い物から帰ってきた...。

菜の花や買物袋提げて来し

こんな風にすればいくらでも俳句らしきものは出来るんだけど...。
さて、駄目なんだろうなあ。きっと。

春の暮家路に遠き人ばかり 蕪村

葉桜

「完全に葉桜になっちゃえばいいんだけど、まだ花が少し残ってるのってみっともないなあ。」と親父。
「つるつるに禿げちゃえばいいんだけどまだ少し残っているのがみっともないのと同じだね。」とオレ。

葉桜の中の無数の空さわぐ 梵

たとえば庭。
木を植え、石を置いたり池を作ったりして情趣を楽しむ?
あるいは生活の中に自然を取り込む?
でもそれは本当の自然ではなくて自然を模した作り物。
俳句と庭は少し似ているような気がする。

古池や蛙飛び込む水の音 芭蕉

強風。
桜ももう終わりだな。
今年は咲いて散るまでとても楽しめた。
いい桜だった。

空鬱々さくらは白く走るかな 兜子

かりん

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庭のかりんの花が咲いていた。
商売をやっている家にとってかりんは縁起のいいものらしい。
金を「かりん」、とか。

雲紋を新たに花梨花満てり 幸夫

こんなの

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桜の見頃もこの土日が最後か。
100円ショップでこんなの見つけました。

観音の大悲の桜咲きにけり 子規

生命力

親父が退院。
何度目だろうか。
しかしまあ、ものすごい生命力。
病院の先生も驚くほど。
「癌はいい病気だ。死ぬまでの準備が出来る。」
「これが脳卒中ならこうはいかない。」と親父。
まあ、そういう言い方も出来ないことはないけど...。

命二つの中にいきたる桜かな 芭蕉

花見

昼間からワンカップ数本。
風が強かったけど、良い花見だった。
eeeee

一昨日はあの山越えつ花盛 去来

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