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雁瘡

「一日十句」26

冬虹や硝子器に水あたる音
ポケットから千円札や古コート
水洟の子の前歯なく笑いけり
みづからを抱き水鳥となりにける
返り花遠き記憶にしたがひぬ
冬の星指すや二人に別の星
積み上げて書の冬空に届くまで
毛布から足四本のたがひちがひ
妻撫づる冷たき右手ありにけり
バスケット・コート枯野の中にある

ウールの着物を出した。
ああ、また雁瘡の季節。

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ここまで来たから

「一日十句」25

朝寒やひとりに大きメロンパン
紅葉且つ散る鳴り止まぬピアノ曲
受話器置く度に紅葉の色増しぬ
秋風や手塚治虫のベレー帽
途中まで車で行ける紅葉山
ビオロンのビオロンと鳴る秋の風
立冬を境に誰も来なくなる
柿落葉三階に日の当たる部屋
冬菫かがみたる背の無防備に
許さるるやうに冬日を纏ひけり


もういいかなぁ、という気もするけど。
ここまで来たからあとちょっと。

色紙

「一日十句」24

秋深しやがて俳句に目の慣れて
自転車のブレーキ鳴いて秋澄める
秋蝶が桜の枝をくぐりけり
店閉めて二階に住むや残る虫
萩刈るややうやく乾くにはたづみ
鬼柚子に美容師の指添へらるる
赤い羽根含み笑ひで別れけり
この道も海へ向ひぬ冬隣
トラックの遠ざかりたる日向ぼこ
母低く叫びて冬の闇を来る


小澤先生の色紙が届く。
うれしい。
こがね打ちのべし からすみ炙るべし 小澤實

もうすぐ

「一日十句」23

柿熟るる婆は厠の戸を閉めず
鈴虫が鳴かなくなつて広き部屋
蟷螂のときをり拝むかたちかな
蓑虫鳴く吾に聞こえず子に聞こゆ
黄落や一日暗き画家の家
地球とふもつとも大き露の玉
冬近し下着のやうな服を着て
北塞ぎさて何をして遊ぼうか
社までいささか遠き懐手
葱の土落して葱の土匂ふ


ようやく秋らしくなってきました。
っていうか、もうすぐ立冬。

もうひと踏ん張り

「一日十句」22

涙腺にひびく林檎の固さかな
コーヒーをがぶ飲みしたる紅葉かな
秋深し十七文字に指を折り
冬に入る洗濯物に囲まれて
長生きのやがて悲しき冬の蝿
ダンサーに恋人のいて北塞ぐ
対岸で手を振ってゐる枯芒
悲しめばマフラーに風起こりけり
背伸びして火事の大きく見ゆるかな
木枯やびゆんびゆん妻の涙とぶ


ちょっとくたびれてきているけど。
目標の30日までもうひと踏ん張り。
なんで、こんなことやってるのか。とも思う。

いやいや

「一日十句」21

ひとりごと聞こゆる壁や秋の雨
をりとりて蛇笏の芒思ひけり
秋の灯や乳を吸ふとき目をつぶる
日のさして赤子目覚むる鶏頭花
秋風の耳押へると鳴りにけり
空港の異国めきたる秋夕焼
赤い羽根赤い鳥など思ひけり
初鴨のまた退屈をはじめけり
父と子に智恵の輪解けぬ暮の秋

俳句俳句
(2008/05/21)
ジューサ

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勇気を振り絞って衝動買い。
いやいや、どーしてどーして。
週刊俳句「落選展」にて拙句、掲載させてもらってます。

ぼーっとして

「一日十句」20

剣道の面外したる野菊かな
葬儀屋が来てコスモスのもう終り
澄む水や三島由紀夫のGI刈
空港を沖に浮かべて鯊の竿
衣被開いたる口を閉ぢにけり
吾亦紅老婆ささやき合へるかな
四五人で懸崖菊を運びたる
ピアノには正面のなし銀杏散る
父母によき日のありし紅葉かな
暮の秋いつのまに橋渡り切る


「あんた、ぼーっとして。また俳句?」

いつもそんな風に

「一日十句」19

竜淵に潜む蛇口をまはしけり
朝寒の犬の食器のくわらんくらわん
秋の蝶右眼にありて右眼閉づ
穴惑突付きて父かとも思ふ
爽やか生きてゐること忘れたし
温め酒膝をたたいて笑ひけり
野菊から野菊へ渡る童女かな
冬近しけふがきのふになつてゆく
紅葉散る誰も渡らぬ木橋かな
飛ぶものを鳥と呼びたる冬はじめ


やらなきゃいけないことがたくさんあったような気がする。
気がしただけか。
気が付かないうちにやり終えてしまったのか。
いつもそんな風に毎日が過ぎて行ってしまうけれど...。

ちょっと

「一日十句」18

紅葉且つ散るキャンディが口の中
受賞のこと妻には言はず草紅葉
行く人のひかがみ暗き秋の水
柳散る亀万年を見尽くして
秋天に続いてゐたる喫煙所
マネキンの胸の高さよ銀杏散る
錦秋や黒光りしてダリの髭
末枯や胸を閉ぢたる胸釦
秋深しときどき妻を憎みけり
冬近しときどき妻を愛しけり


批評や評論も確かに必要だと思うけれど、焼鳥屋であつくなってるサラリーマンみたいなのはちょっと。

なにもかも

「一日十句」17

蔓たぐりして少年にたどりつく
水の色深めて秋の金魚かな
目こすりて檸檬の色の増しりにけり
友人に友人のいゐる秋祭
紅葉鮒ながめて妻子ある身かな
老婆きて秋茄子の艶言ひあへる
この村のどこにでもある吊し柿
晩秋の大きな箱を担ぎ来る
冷ややかに銀の波来る脳裏かな
波頭来ている桜紅葉かな



古池や
南無なにもかも
泡だらけ、

町田康


町田康 & 佐藤タイジ - 心のユニット

こんなに

「一日十句」16

街路樹の等間隔に鳥渡る
朝霧のマクドナルドの灯りをり
虫の夜の濡れたる靴を揃へけり
秋の野を来てわが雨と妻の雨
めつむればにはかに暗し曼珠沙華
花殻を焚く蟷螂も焚きにけり
何もかも遠のけ露の玉ひとつ
鶏頭を摘むときにほふ焼き魚
鐘の音の近づいてくる南瓜かな
剃刀に顎突き出して冬近し


10月下旬。
いつもこんなに暑かったっけ。


ホント

「一日十句」15

八方に月あるごとく一人かな
稲架掛けて空を重たくしたるかな
階段は駆け上がるもの秋の雲
秋天や野に神の子を散りばめて
カローラで来て鯊釣りをはじめけり
珈琲店に店主戻りぬ秋灯
箪笥より叔母の銘仙蔦紅葉
背はいつも後ろ向きなる秋茜
とりあへず食ふに困らぬ穴惑
鶏頭が一本赤いだけの空


忍さんに連絡してもう一度確認。
ホントだった。
感激。

昭和

「一日十句」14

キネマ旬報十月号の谷洋子
蜻蛉や妻の留守なるボンカレー
卓袱台に書置きと柿剥いてある
蓑虫や一日鳴らぬ黒電話
秋草にこぼすクッピーラムネかな
蟷螂と暮らすつもりの乳母車
風呂敷をマントにしたる刈田かな
鰯煮るかちつと切るる電気釜
ナショナルのテレビがともる文化の日
ミゼットと出合い頭に秋夕焼

tyd

昭和...。
多少無理がある。
忍さんから速報!
小澤實賞?本当?

東京では

「一日十句」13

そろばんの大きな玉や秋高し
秋刀魚焼く働くつもりなかりけり
夕冷えや女は指でものを言ひ
綿棒を汚してゐたり秋時雨
鵙のこゑ海の深さを思ひけり
秋の水とはいへやはり濡れてをる
秋の灯に人あらはれて消えにけり
火恋し女の部屋にやはり猫
日当たりて塵踊りたる風炉名残
ホッチキスといふさびしき冬支度


東京では十周年記念大会かぁ。
tenkiさんとこからトラックバック。
まあ、よーするに、高校生にビックリギョーテンしているわけであります。


知らなかった

「一日十句」12

抽斗を開けると別の芒原
雁やしづかにたたむ脇の下
人間に前脚のなしねこじゃらし
草の穂に口笛の口添へにけり
障子貼り終へて時間の戻りけり
一日を誰にも会はず秋の蚊帳
友の死をしばらく知らず秋刀魚焼くる
秋の蠅まだ生きてをり踏みにけり
穂芒の光こぼさぬやうにかな
秋霜や躓いて鳴るタンバリン

チュッパチャップスのロゴをデザインしたのがダリだなんて知らなかった。
えっ?だりでも知ってる?
銀化十周年記念号で「道夫論」を書かれた坂口氏よりコメントをいただく。
ちょっとびっくり。

素直に

「一日十句」11

蜉蝣といふ字しばらく揺れてをる
鉦叩大きな口をたたきけり
姿見に帯掛けておく虫の夜
金木犀とはこんなにも明るくて
いつもより月の明るき石畳
女房の尿する音や秋の水
夕刻の皺兆したる芙蓉かな
人妻の嗜むといふ温め酒
秋水の陰に入りたる光かな
ここに来るつもりはなくて芒原


だんだんヤケクソ。
週刊俳句に掲載されている四人の高校生の句を、たとえば有名俳人の作品だと言われても不思議な感じはしないだろう。
これは、どういうことなんだろう。
人生経験が少なくても、あるいは詩情を持ち合わせていなくても数学の答えを出すみたいに、機械的に名句をつくる方法を心得ているのだろうか。
俳句はそうやって作ることも可能である、ということだろうか。
もっとも机上派にとって俳句作りは言葉を調合しているようなところもある。
匙加減次第ということか。
もちろん、句ができるまでの過程でそれなりの苦労はあると思う。
計算機みたいに瞬時にぱっと答えが出るとは思わないが。
というのも作者が高校生だからそういうことを思うわけで、これを五十歳の俳人が作ったといわれれば素直に感動するに違いない。
これから、彼らがどんな俳句を作っていくのか、いや、もしかしたらやめてしまう子だっているかもしれない。
ただあるのは、これらの句を彼らが作ったという事実だけ。
すると、俳句って何だったんだという感じがしないでもない。
よーするに、俳句やめたくなってくる。
やめないけど...。


EGO-WRAPPIN' 老いぼれ犬の口笛

記念号

「一日十句」10

蛇穴に人はさびしく光りけり
おつぱいを吸はせてもらふ秋の蚊帳
木犀の散つて夜空を明るくす
父のなき父の書斎や草紅葉
朝寒の花屋より開く石畳
シタールの立て掛けてある秋の蠅
雁や名古屋にテレビ塔のある
赤い羽根きれいに染めてありにけり
地下街を一日歩き秋時雨
トランプの横向きの顔秋深し

「銀化」10周年記念号届く。
星々の生死語らふ泉かな 原和人

でも

「一日十句」9

人里にひとの声する薄紅葉
鰯雲荷台に店を広げをり
秋風や詩人となりぬだれもかれも
午前より午後のながくて秋桜
蘆刈や水面に体照らされて
水澄みて時計の音を近くせり
ポケットの中まで秋の深まりぬ
半襟を掛け替へてゐる草の花
新走女の古きたたずまひ
秋風や戦争のなき国に住み

大酒の後、しばらく体がダメ。
でも、やっぱり飲みたく。


Brand New Cadillac

鳥肌

「一日十句」8

体育の日からすなめりの気配あり
一升瓶転がしてあり雁渡
クレヨンの減りゆく銀杏紅葉かな
黄落や微動だにせぬ大樹より
蟷螂の抱き合つてすぐ堕ちにけり
物音の妻と思ひぬ夜寒かな
辿り着く歌のありけり夜の長し
秋薔薇に秋薔薇を足す忌日かな
秋風やリボンをひとつひとつ解く
秋風や南の国に友の住む


今週も鳥肌の「週刊俳句」。
というか、俳句やめたくなってくる。


The Clash 「Should I stay or should I go」

真面目に

「一日十句」7

ちんちろりん一本道となりにけり
わが道や行くほどに天高くなる
この場所も泡立草のものとなり
あの頃の老いたる吾や秋の蠅
秋の雨活断層の眠りをり
無花果を煮詰め幼き母となる
草の花レインブーツの新しき
秋風鈴男は昔もの言わず
日の丸の表に裏に秋の風
破れもせで松尾芭蕉といふ芭蕉

句のレベルはさておき、飲み会のあとも真面目に十句。
川名さんより句集「湾岸」、二村さんより句集「窓間」届く。
感謝。

長き夜やタイタニックをまた沈め 川名将義
旅人を見るだけの窓ななかまど 二村典子

届く

「一日十句」6

水澄むや宝石店の柱立つ
籠の虫貰ひ来てすぐ鳴きにけり
夫婦とふ小さきしじまや虫の夜
水落す声の大きな女かな
とどこほる空美しき鰯雲
膝を抱くための花野と思ひけり
しつらへるもの何もなき新豆腐
黄落や写真の中に抱き合へる
蚯蚓鳴くせんなきことのあれやこれ
身に入みて携帯電話閉ぢにけり


「銀化歳時記」、届く。

俗物の顔秋風を割つて来し 中原道夫

ねば

「一日十句」5

蜉蝣のまことしやかに飛びにけり
実紫大人になつてしまひけり
寂しさのはじめ笑ひぬ温め酒
フリダシに戻るも釣瓶落しかな
運転を代はつてもらふ秋桜
犬ふぐり脚組み直す男かな
野のひかり空の光や水の秋
赤とんぼ計量皿に止まりけり
赤ん坊の上にも銀杏落葉かな
まぐはひの男山女山や紅葉づれる

和人氏も応援してくれている。
頑張らねば。

すでに

「一日十句」4

オートバイ柘榴を踏んで止まりけり
襟足を見つめてゐたる茸狩
新豆腐水は水底より溢れ
身に入むや砂に置きたるコカ・コーラ
秋時雨肩まで髪の届きたる
青柚子や手相も小さき赤ん坊
金木犀ながなが塀の続きをり
黄落や社務所に電話鳴り止まず
あつけなく訃の届きたる虫時雨
しづかなる桜紅葉の大樹かな


すでに息切れ気味。苦しい。
どうしよう。

そういう中に

「一日十句」3

ゴダールの男みな死ぬ昼の虫
曼珠沙華こころを水と思ひけり
鶏頭のひとつは空へ近づきぬ
風呂洗ふ秋蚊を腕に止まらせて
濁り酒女は髪で凄みけり
風止みて秋草の色定まりぬ
薔薇園の薔薇園のまま秋の風
円描いて相撲となりぬ砂の上
踏切を越えたるところ秋の山
秋風や吾子についたる物心

緒形拳さんが亡くなった。先日ある知人も32歳の若さで亡くなった。
毎日ありとあらゆる、数えきれないほどの命が絶え、同時に生まれています。
そういう中に人の命もあるのだと。

多少

「一日十句」2

新蕎麦や有無を言わせぬ禿頭
シャツ脱いでシャツうらがへる秋思かな
秋風や鰻は今が旬といふ
秋時雨膝を揃へて座りけり
ひと煮立させたる秋の時雨かな
枝踏んで終はる一日秋深し
薄紅葉パチンコ店の灯りけり
秋の日や川とならずに水終はる
秋の灯をともして何もかも遠し
秋の灯の消ゆる音して消えにけり


一日に十句というのは推敲もままならないわけで、句の良し悪しには多少目をつぶらなくてはなりません。

ほんの

「一日十句」1

目を閉ぢて睫毛残りぬ星月夜
飛び立ちてより秋蝶の色となる
木犀の香ほどに妻を愛しけり
手鏡の妻と目の合ふ秋袷
理髪店の裏で秋刀魚を焼いている
鈴虫の狂ほしきこゑ聞きにけり
釣人に見つめられたる秋の水
コスモスのあたりを過去と思いひけり
秋の雨描く鉛筆のHB
曼珠沙華花火のやうに了りけり

ほんの思いつき。
続くかどうかが問題であります。

当時

清志郎、どうしてるだろうか。
今はロックもサブカルな雰囲気ではなくなってしまったけど、当時はテレビの前でワクワクして見てたもの。



蛇笏忌や振つて小菊のしづく切り 飯田龍太

スーパーフライ

妻の車ではいつもコレが流れているのでぜーんぶ歌を覚えてしまった。
声もいいし、曲もとってもいいんだけれど。

どんな時でも 心に笑顔咲かせたい
もがいてはまた 理想は空回る いつもの光景
「愛と感謝」


目の前の愛をつかみとれなくて 空回る日々
「I Remember」


「空回る」という言い方はアリ?なんだろうか。
「空回りする」のような気がする。
こういう細かいこと言うとオジサンみたいだけど、ちょっと気になる。

はたはたのとべるや渚までとほし 岡田貞峰

充分

万太郎は死んだ親父におせーてもらった。
親父は俳句が好き、というよりも万太郎が好き、という感じだった。
仮に万太郎しか知らなくたって、充分俳句を楽しむことは出来るんじゃないかと
今でもふと思う。

amhyr

秋風や水に落ちたる空のいろ 久保田万太郎

ある意味

あるとき、銀行の待ち時間に声を掛けられた。
「ロケツさんですよね。」
正月のBS俳句王国を見たという。
「今度ぜひウチの句会に遊びに来てください。」と。
年齢は60歳前後くらいだろうか。
スキンヘッドに口ひげという、まあ、この田舎町ではちょっと目立つ感じである。
その時はたいした話しはせずにそのまま別れてしまったのだが、あとから人づてに聞くとその人はナカナカの遊び人らしくて、陶芸はクロウトハダシなんだとか。
何でも昔、パン屋をやっていたらしいけどパン焼き窯で陶器を焼き始めてしまって仕事にならず、パン屋を廃業。今は奥さんが家計を支えているらしい。
ある意味、ステキな人生である。

長雨や庭あれはてて草紅葉  永井荷風

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