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死ぬということ

親父の納骨を無事終える。
このひと月、死についてあれこれと考えていたんだけれど...。
よく、死んでからも髪や爪が伸びる、なんて言うけれど、あれは心臓や脳のはたらきが止まっても、まだ皮膚が生きているからだと聞いたことがある。
ようするに死にきってない。
思うに、火葬というのは万が一にもよみがえらないために念には念を入れて燃やしてしまうんじゃないかと。
あるいは、医者がご臨終ですと言ったあと、本人は死んでしまってもういないはずなんだけれど肉体(死体)はまだ目の前にある。
この矛盾を解決するために火葬してしまうんじゃないだろうか、とか。
それでも骨だけは残っちゃうから墓に入れて手を合わせて、つじつまを合わせてしまうんじゃないだろうか、とか。
いずれにしても死ぬということは、不思議なことであります。

蟻が食ふ蛾がきらきらと円覚寺 加藤楸邨

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