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俳談

俳句というものを一般文芸と思うととんだ間違いを起こす。文芸のうちでも最も特殊の文芸である。若い人は俳句というものにのみ接して、他の文芸を見ないので、俳句で何も彼も詠おうとする、出来ないことまでしようとする。それをするのには他の文芸による方がよいという其処の判別がつかないのである。(昭和九年十一月)

諸君は大志がない。もっと他の創作界に踏み出して自由な手腕をふるって見る気はないか。それがあれば、俳句をいじくりまわして変なものにするようなことはせぬだろうと思う。ただ俳句という小さい家にこもって、そこでのみ仕事をしようとするから昏迷に陥るのだ。 -中略- 俳句は小さいから名を成しやすいかもしれないが、それだから俳句界を去り得ないというのは卑怯だ。(昭和十年十月)

埒を越えたものは俳句ではなくなる。(昭和十一年一月)

(高浜虚子「俳談」より)


はい、よくわかります。
そんなに怒らないで下さい。

自動車の止まりしところ冬の山 素十

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No title

こんばんは。
「青年よ、夏目漱石たれ、寺山修司たれ」ですね。
俳句は不惑・知命となってちょうど良くなるのかも。

イマゴンさま

コメントありがとうございます。

>俳句で何も彼も詠おうとする、出来ないことまでしようとする。

むずかしいところです。
俳句はそういうものじゃない、ということなのでしょう。
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